震災1ヶ月後の所感

Last edited on 2011/04/13 (水) - 21:41

震災から1ヶ月が過ぎました。唐突ですが、今感じていることを書き残しておきたくなりました。

この1ヶ月、震災に関する怒濤のような情報にさらされ、いろいろなことを考えました。多くの人と同じように自分の中で消化できず心の整理がつかない状態です。どうしたらいいのかよくわかりません。

自分自身のこと

3月11日は自宅にいました。おそらくこれまでの人生で一番大きな揺れが来て、その後、停電が起きました。どこかでものすごい地震があったのではないかと思い、自然にテレビをつけようとして、「ああ、停電だからつかないんだ」と思いました。私は、まあ、そのうち点くんじゃないかと思って、ぼーっとしていました。

すぐに動いたのは妻でした。このまま夜になったら真っ暗であること、暖房も使えないことにすぐ気がつき、ろうそくと非常用の食料を探し出し、なんとか準備をしました。私も、ラジオに電池を入れ、マグライトを探しました。いつまでたっても停電のままで、準備したものがとても役に立ちました。

真っ暗なので8時過ぎには寝てしまい、夜中の2時半頃に目が覚めると電気が戻っていました。

その後、次々と明らかになる被災地の様子をテレビに釘付けになってみていました。月曜日も電車が止まったままで、仕事を休みました。月曜日にはなんだか体調がすぐれずひどくだるい感じがしました。おそらく被災地の映像の見過ぎであろうと思い、意識して見るのをやめました。しばらくの間は、何かをする気力がわかず、体調が悪かったのを覚えています。

思うに、あのような状況下では、私は安全な場所で体を丸めてうずくまり、何もせずにじっとしているようなタイプであると思いました。ほんとに自分のストレス耐性の無さを感じました。

情報の真偽の判断、デマなど

この1ヶ月、情報は主にTwitterから得ていました。テレビはNHKを少しだけ。デマや誤解、不正確な情報なども含めて圧倒的な量の情報が流れ、とても整理しきれないのはみなさんご存じの通り。

わかったことは、多くの人が冷静さを失うこと、大新聞といえども間違うこと、真偽を判断するのはとても難しいこと。Twitterで流れたデマのまとめが出てきていますが、私もいくつも信じてしまいました。

ただ、間違いが間違いであることは、しばらくすると必ず明らかになったように思います。私の場合は、とっさに間違いを広めるようなことをしなくて済んだのでよかった。上に書いたような性格であるせいで、RTなどほぼしていないしなにより発言が激減したはずです。

これからのこと

少しずつ日常が戻ってきて、元の生活に近づきました。それでも、これからどうしていったらよいのか、どうなるのか。不安はあります。

日常が戻ってきたとはいえ、元の生活に戻すことがいいとは思えないし、戻るとも思わない。ではどうしたらいいのだろう。

言い方が悪いですが、これを機会に社会をドラスティックに変えるのもありだなと思ったりもします。しかし、結局、みんなでがまんするだけ、堪え忍ぶだけで、社会が変わらないのではないかという気もします。元に戻すだけじゃだめだよなきっと。

幸いにも今生きている自分、PCで音楽聴いて、Twitter読んで、文章を書く生活の中の自分がここにいます。これからどうしていくんだろうな、自分。

10年、20年のレベルで力強く復興する日本を思い浮かべたりもします。

ただ、一方で、きっと、また来るよね、今度はうちの近くかも、とも思います。